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拉致と決断


著者 : 蓮池 薫
新潮文庫 : 新潮社 東京 2015年
定価 : 本体 550円 (税別)










 蓮池薫さんが北朝鮮に拉致されたのは1978年の大学生の時、そして帰国したのが2002年、その間24年の拉致生活。拉致から帰国までの24年間の思いと生活を綴ったのが本書である。

 本書でしばしば出てくるのは「家族のことを思えば下手なことは出来ない」ということだ。恋人として付き合っていて一緒に拉致され、北朝鮮で結婚した妻祐木子さんとの間に子どもが二人出来た。そのような中で、蓮池さんが体制批判に通じるようなことを言うと家族にどのような危害が及ぶか分からないことを危惧したのだった。つまり、それだけ北朝鮮の思想統制は厳しいのだ。これはわれわれが外から見ていてもおおよそ察しがつく。

 体制側の人々の様子がしばしば描かれている。しかし、本書の中で蓮池さんの体制批判は余り感じない。まだ拉致被害者が北朝鮮に残っている。自分が帰国したからといって何でも言ってしまえば、それが残された拉致被害者にどう影響するか分からない。それを慮ってのことだろう、余りケバケバしい表現はない。

 もう一つ、本書でよく分かることは庶民の生活状況だ。いかに思想統制が厳しくとも、生活物資が不足していればその統制がほころぶ。貧富の差も結構あるようだ。

 統制とほころび、これは北朝鮮に限らず、中国でもそうだし、ソ連は崩壊してしまった。戦前の日本もそうだ。統制を強化しても戦争には負けた。そもそも主権在民を何らかの統制で否定することは出来ないのだ。

 本書を読んでいて思ったが、北朝鮮の今の状況は戦前の日本に似ているのではないか。北朝鮮は共産主義を標榜するが、経済発展は遅れていて配給制だし、戦前の天皇に似た「将軍様」もいる。

 いずれにしても、いったんは帰国を諦めた蓮池薫さんの心情と生活が描かれている。 


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